読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

砂川浩範の日記

自分の頭で考えたことを週1~2ペースで更新予定。

二極化する宮古の高校生(宿題ばかりしているいまの子どもたち③)

毎日のように宿題が課せられているにもかかわらず、宮古の小中高生の成績が全体的に向上したかと聞かれれば、とてもじゃないが、そうとは言えないと前回書いた。
ただ、誤解が生まれないようにここでひとつ補足しておくと、全体的な成績は確かに向上してはいないのだが、上位層の学力が上がったことは間違いない。
しかも格段に上がっていると言っていいレベルかもしれない。
近年の宮古高校の合格実績を見てみると、本土復帰後初となる宮古高校からの東大合格を2010年度に果たしたことを皮切りにして、3年連続で立て続けに東大合格を達成したのみならず、難関私立では慶應義塾大学早稲田大学、難関国公立だと東京工業大学北海道大学、あるいは筑波大学など次々と高偏差値大学への一般入試での現役合格を成し遂げており、さらには医学部医学科にも浪人生を含め毎年のように合格者が出るなど、その合格実績は、一昔前は考えられなかったほど目覚ましいものになっている。
僕ら世代が高校生だった当時と比べると、比較にならないほどのレベルに到達していると言っていいほど飛躍的に合格実績が伸びているのだ。
翻って思い返してみると、今月1日に卒業した現3年の11歳年長にあたる僕の世代で、難関か否かを問わず国公立に現役合格したのは5人いただろうか。
このくらいの人数はさすがにいたかもしれないが、しかしそのほとんどは推薦合格だったはずで、一般入試で合格した人は2、3人程度だったんじゃないかと記憶している。
もちろん私立大学も結果は似たようなものだった。
それがいまや、東大合格者を現役で輩出するまでになっており、ここ数年で見違えるほどの合格実績を上げているのが分かってもらえるだろう。
なぜ、これほどの結果を出すことに宮古高校が成功したのかとても興味深いところだが、おそらくは毎日宿題を課すといったような島全体を挙げた教育的施策を実施したことがかなり大きかったと思われる。
(時間があれば、個人的に調査・研究をしてみるものありだが、残念ながら、いまの僕にそのようなことが単独でできるはずもなく、とりあえずここでは、僕が実際に塾の現場で現在の中高生たちと接していくなかで「立てた仮説」をもとにして書いていくことにしたいと思う。)

ただ、「これだけの結果が出ているのだから何も問題ないじゃないか」と考えるのは勇み足が過ぎる。
光あるところ必ず影もあるという点を見逃すわけにはいかない。
つまり、宮古では学力の二極化が顕著になってきていると考えられ、上位層の学力が向上してきたその裏で、下位層の学力は、上がるどころか、むしろ下がってきており、もしそうでなければ、下位層の位置にまで下がっていく生徒たちが増えているのではないか。
宿題を毎日課しても、"全体的な"成績が向上していない理由は、ここにある。
ある程度勉強ができる生徒は、確かに宿題が毎日あることで、多少なりとも成績が上がったかもしれない。
そしてそれが結果的に、大学合格の実績の伸びにつながった。
しかし、もともと勉強ができない生徒は、たとえ宿題が毎日あろうとも、かなりの高確率で勉強ができるようになることはない(このあたりの話は現在の行動遺伝学を中心に研究が進んでいる)。
そのため、上位層の大学合格の実績が伸びていても、それと同じように下位層が引っ張り上げられるわけじゃないから、結果的に全体として見た場合、学力が向上しているとはとても言いがたいのだ。
宿題が毎日課せられることで、逆に、学校に行く気を失ったり、あるいは「疲れた」と毎日のようにこぼす生徒が増大しているように見えるが、それは僕の気のせいじゃない。
塾の現場に立ってみて驚いたのだが、こんなにも多くの子どもたちが「学校行くの疲れた」とため息をもらすなんてこと、僕らが小中高生のときはほとんどあり得なかった。
いじめやハブりは除くとして、友だちと喧嘩したとき以外で、学校に疲れてしまう理由はそう多くないと思うが、やはり、宿題やテストが多いか、もしくは校則や決まり事で先生がしつこく注意してくるときが、学校が疲れる主な理由であることはほぼ間違いないだろう。
宿題の量と校則の厳しさが相関関係にある点を考慮すれば、結局のところ、「先生がウザい」こと以外で学校が疲れる理由はそう多くはないということだ。
ここに、学校教育をドロップアウトする人たちが増える原因が存在している。
つまり、言葉を換えれば、宮古でヤンキーが増えているように見える理由が、ここにあると言っていい。

(続く)