砂川ひろのりの日記

政治・経済・社会批評について

大学で過ごす時間の特殊性(高校を卒業したのち向かう場所で①)

3月1日、ほかの地域同様、僕の地元である宮古でも高校の卒業式がおこなわれた。
今年の卒業生がまだ高校に入学したてころ、当時働いていた予備校で何人かの生徒を相手にした経験があるが、そのあと間もなく、僕がその予備校を去ることになったために、それ以上相手をする機会は失われた。
できればもう少し相手をしていたかったと考えることが時たまあるのは、どの学年にも勝るとも劣らないレベルの賢い子たちが揃っているような気がしたからだった。
実際、琉球大学医学部医学科を筆頭に、何人かの子たちが志望校に合格したと、当時は予想だにしなかった期待以上の結果を、新聞で知って驚くばかりだった。
それから早3年が経過し、あのころ中学を卒業したばかりの子たちが、こんなにも早く高校を卒業する日を迎えたのだと思うと、さすがに時間の早さを感じずにはいられない。
これまで周りの友だちと同じ時間割で授業を受け、サッカーやバレーなど選択幅の狭い部活動に所属し、似たようなアルバイトに精を出したりしながら高校時代を過ごしてきたのが、これからは口うるさい先生や堅苦しい校則ともおさらばし、中学高校とはまったく違う進み方をする時間のなかで生きていくことになる。
与えられた時間を、みんなと同じように使うことはもう二度とできない。
何にどう時間を使っていくのか、これからは自分で決めていかなければならず、その意味で18歳はもう立派な大人だと言っていい。
宮古の各高校では卒業式があった日の夜に卒業を祝してパーティーが開かれるが、そのパーティーのことを「卒業パーティー」とは呼ばずに「分散会」と呼ぶのは、3年間ともに過ごした同窓生らが、文字通り日本各地に「分散」して島を離れるからだ。
本土の高校生なら、その多くが、地元県の中心地かもしくは近郊の都市大学に進学するため、「分散会」と形容するにはあまりに分散範囲が狭すぎるが、本土から遠く離れた沖縄のそのまた離島の宮古ともなれば、「卒パ」ではなくて「分散会」という呼び名がしっくり来るのも、なるほど、当然と言えば当然なのかもしれない。
こうして毎年、高校を卒業した18歳の若人たちは、自身が生まれ育った島を離れて、それぞれの新天地へ向け意気高揚に旅立っていく。
人によっては進学せずに、そのまま働きに出る人だって少なからずいるだろう。
ただ、僕が(ほんの少し)関わった宮高卒業生の旅立つ先の多くは大学だから、島を離れたのち与えられる時間というのは、基本的に大学で過ごす時間を意味する。
大学に進学した経験のある人なら分かると思うが、大学での時間の使い方というのは、それまでと違い、ちょっと特殊だ。
何にどう時間を使うのか、ほとんどすべて自分で決めなければならず、大学に入学するまで経験したことのなかった時間の使い方を否が応にもするはめになり、大学生の多くは一度ここで戸惑うが、そのことについて考える際に僕はいつも、東日本大震災があった年に、立教新座高校の校長先生が卒業生に贈った祝辞をよく思い出す。
もしかしたら覚えている人も多いのではないだろうか。
震災の混乱冷めやらぬ非常時のさなか、読む者に勇気を与えたあの力強い言葉を。
立教新座高校の渡辺校長は、震災で卒業式の中止を余儀なくされた卒業生に向けて、大学へ行く意義をこう問いかける。

(続く)