砂川ひろのりの日記

政治・経済・社会批評について

とある島での教育支援

去年の9月から12月の約3ヶ月間、とあるきっかけで沖縄本島近くに位置する離島に、教育支援を目的として島内の中学生を相手として、週に3日の頻度で滞在していたことがある。
僕自身、生まれ育った場所が宮古だから、離島という点では共通性があるものの、同じ離島だとはいえ、宮古とはだいぶ様相の違う島だった。
内地の人がイメージしがちな沖縄の原風景に近い島だと表現すれば何となく想像できるかもしれない。
当初は年度末の予定だったその教育支援を、支援員のうち僕だけがたった3ヶ月で止め、島から離れることになった理由は、端的に言うと、その教育支援に付き合いきれなくなったからだった。
急いで付け加えておくと、その島の中学生に付き合いきれなくなったのではなく、その子たちに「善意」から教育支援を施そうとした「大人たち」に対して付き合いきれなくなったという点を間違えないでほしい。
もうこれ以上、その「大人たち」に加担して子どもたちを振り回すことは僕にはできなかった。
どういうわけか、行政側も教育支援する側も、そして保護者も、何から何まで間違っているようにしか僕には思えなかった。
これまた急いで付け加えれば、行政側と保護者には同情の余地がある。
那覇浦添ましてや内地の都市などと比較すると、離島はあらゆるインフラが立ち遅れているがために、時代に即した効果的なアプローチ法をリアルタイムで入手し、そしてそれを教育に反映するのが構造的に困難になっている点を考慮すると、島の人間である行政と保護者の両者を責める気にはとてもなれない。
僕自身、島の出身者だから分かるが、田舎で生まれ育った者が背負うべき宿命みたいなものはどうしたって存在するし、どうあがいても都市で生まれ育った人々との間にある埋めがたい差異に抗うのは本当に難しいということをとてもよく知っている。
だから間違っていたのは、行政でも保護者でも、ましてや子どもたちでもなく、教育支援する僕らのほうだった。
誤解のないように言っておくと、現場で教える講師陣というよりはむしろその教育支援をおこなうことを決定した人たちが間違っていた。
遅かれ早かれ、僕らが行なってきたその教育支援は途中で立ち行かなくなることは最初から気づいていたし、そしてその教育支援が子どもたちにとって将来的に何かしらの意味を持つこともほとんどないだろうということも僕には最初から分かっていた。
だからこそ付き合いきれずに下りたわけだが、もし上手くいっているように見えたり、あるいは、とりあえず最後まで続いたのだからそれで良しとしようと考えているのだとすれば、それはただ単に、物事の本質を見る目がないというだけでしかない。

あの年代の子どもたちにとって必要なのは、成績を上げることを目的として行なわれる教育支援などでは、断じて、ない。
そんな時代遅れなことをしても今の時代ほとんど意味がない。
意味があったのは、「いい大学→いい会社→いい人生」が成立していた前時代までだった。
学校の成績と「社会で生きる力」そして「いい人生」とのあいだにはもはや相関関係が成り立たなくなってきているというのに、ことごとく時代に逆行するかのような教育支援。
そのことに気づいていないのは何十年も前に学校を卒業した大人たちだけであって、子どもたちはもうとっくに気づいている。
子どもたちが時代の変化にちゃんと合わせることができているのとは対照的に、教育に関わる大人たちのほうでは、なぜか時間が止まっていて、そしてタチが悪いことに当の本人たちはそれに気づいていない。
だからなのか、驚くべきことに、大人たちは自分たちの行為がさも正しいかのように振る舞い、勉強しない子どもたちを怒鳴りつけてまで無理矢理にでも机に向かわせ、社会でほとんど役に立たない無意味な授業を与えることしかできていないにもかかわらず、まるでそれが当然だと言わんばかりの態度を取る。
「君たちの将来のためを思えばこそ」などとうそぶきながら。
正しいのは、間違っても子どもたちに勉強を強いる大人たちのほうではない。
興味のないことには興味がないと言い、楽しくないことには楽しくないとちゃんと態度で表明できる子どもたちの、その好き嫌いで行なわれる判断のほうが明らかに正しいに決まっている。
彼らが授業中に取る無関心な態度や妨害行為は、間違った教育支援をおこなう大人たちに対して向けられるアンチテーゼだと見なしていい。
英単語や歴史の用語を何が何だか理解もせずに暗記して、一体それが何の役に立つというのだろう。
作者の心情を代弁したり四段活用や上一段活用を覚えたりして、一体それが何の役に立つというのだろう。
確かに二次関数や方程式は社会に出てからも役立つが、それを教わる場所が学校や塾になった途端に役に立たなくなるのは一体何の悪い冗談だろう。
本来楽しいはずの勉強をつまらなくしているのは大人たちのほうだというのに、だから子どもたちは興味を持つことができないというのに、どういったわけなのか、学ぶことの楽しさを教えられない大人たちのほうではなく、なぜか勉強しない子どもたちのほうが悪いと責められることが普通にまかり通る恐ろしい状況がそこかしこに存在している。
広い世界を見せ自主性を育て、そして興味のおもむくままに自由にさせてあげること以上に、あの年代の子どもたちにとって大事なことは何もない。
それができないというのなら、大人たちにかろうじて許されるのは、子どもたちの邪魔をしないということだけだ。
学校や塾の勉強よりも何十倍も楽しくて社会に出てから役立つことはたくさんある。
むしろそういうことを教えてあげるのが大人の役割であり、なにも勉強を教えることだけが能じゃない。
したくもない勉強を強制されてまですることほど無駄な時間の使い方なんて存在しないのに、何のお節介からか、教育支援という美しい名目を掲げて、わざわざ子どもたちの邪魔をしにやって来る大人たちの傲慢さと言ったら何と形容したらいいだろうか。
開発経済学ではこれを「傲慢な援助」と呼ぶが、良かれと思ってした援助が実は相手の自立心を削いでしまう現象は学問的にも認められている。
もし教育支援をおこなうのなら、本当の意味で勉強する意欲のある生徒だけにすべきだった。
とは言ったものの島社会特有の力学が働き、実質上全生徒強制参加になるのが最初から分かりきっていたのだから、本来ならば何もしないほうがまだマシだった。
ももう、起こってしまったことを時間を戻してやり直すことなんて最早できないし、一部の生徒にとってはおそらく意味ある支援だったことも疑いのない事実だろうだから、もうこれ以上何か言葉を付け足すのは、ここで打ち切りにしたい。
教育支援を途中で下りた僕が、あの島の子どもたちのために何か残せるものがあるとすれば、それは、当時僕が何を考えながら君たちと接していたのか、そして何よりも、「大人の犠牲にだけはならないでほしい、もっと自由でいてほしい」という願いを込めたこの文章だけである。