読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

砂川浩範の日記

自分の頭で考えたことを週1~2ペースで更新予定。

21世紀型能力のうちのひとつ「対話力(コミュニケーション力)」について(宿題ばかりしているいまの子どもたち⑩)

前回書いた文章は数時間で書き上げてみたものの、一見教育とは関係のないような話を切り口にしたため、そのあとで教育に話を持っていくための論理展開をどうしていけばいいのか、少し難しく感じた。5500字を超える文章になったのも、論理の組み立て方に四苦…

21世紀型能力のうちのひとつ「批判的思考力」について(宿題ばかりしているいまの子どもたち⑨)

近年さまざまな識者が至るところで論じるようになった「21世紀型能力」だが、人によってはもしかしたら馴染みの薄い概念かもしれない。ここ数年にわたり繰り返し論じられてきたにもかかわらず、「21世紀型能力」についての言説がいまだ一部の人々のあいだで…

21世紀型能力について(宿題ばかりしているいまの子どもたち⑧)

ここ数年にわたって宮古の中高生のあいだで起きた「高学歴化」は、一見望ましいことであるかのように見えながら、実は20世紀的価値観のなかで生じた現象であったために、21世紀に入ってから20年近くが経とうとしているいまの時代には、ほとんど意味を失って…

20世紀的価値観のなかで勉強に励む「高学歴化」した宮古の中高生(宿題ばかりしているいまの子どもたち⑦)

宮古のいまのヤンキーたちの実態について、「学校化社会」を下敷きにしながら、⑤、⑥と文章を書き連ねてきたが、7記事目となる今回は、「高学歴化」した中高生たちに話を戻して書いていこうと思う。というのも、「高学歴化」した宮古の中高生たちを、「学校化…

以前の非行少年といまのヤンキーの違い(宿題ばかりしているいまの子どもたち⑥)

今回で、「宿題ばかりしているいまの子どもたち」と題した文章は6回目となる。もうそろそろ終わってもいいころだと思うが、一度書き始めると、書きたいことが多すぎるのか、すぐに2000字近くになるため、一旦そこで区切ってUPすることにしたら、なかなか終わ…

「学校化社会」が生み出したヤンキーたち(宿題ばかりしているいまの子どもたち⑤)

前回は、僕の生まれ故郷である宮古でも「学校化社会」が急速に浸透してきたことの結果として、一見逆説的に見えるかもしれないが、学校教育をドロップアウトする人たちが増えているのではないかと書いたところで話を終えた。このような社会が成立すると、学…

「学校化社会」について(宿題ばかりしているいまの子どもたち④)

前回は、「家庭学習の義務付け」に象徴されるような、学力向上のための教育的施策が島全体を通して積極的に行なわれてきた結果として、大学合格の実績が伸びてきた反面、その裏で学校教育をドロップアウトする人の数も増加してきているのではないかと書いた…

二極化する宮古の高校生(宿題ばかりしているいまの子どもたち③)

毎日のように宿題が課せられているにもかかわらず、宮古の小中高生の成績が全体的に向上したかと聞かれれば、とてもじゃないが、そうとは言えないと前回書いた。ただ、誤解が生まれないようにここでひとつ補足しておくと、全体的な成績は確かに向上してはい…

「宿題」に時間を奪われる子どもたち(宿題ばかりしているいまの子どもたち②)

僕がこれだけ宿題に対して否定的な意見を持っている理由は、端的に言うと、子どもの自由な時間を奪ってまでするほど価値あることなのかきわめて疑わしいと考えているからだ。むしろ宿題に割く時間が増えることで生じてしまう弊害のほうが甚大で、この点が見…

宿題ばかりしているいまの子どもたち

3年前に地元宮古の塾で中学生を教えるようになって驚いたことがひとつある。それは、学校で「自学自習」や「がんばりノート」といった名目をつけて、家庭学習が毎日1ページ義務付けられていることだった。話を聞いてみたところ、これは土日にも課されていて…

マスクの社会学②

でも「マスクをつける」ことは、近代化(=都市化)した地域ならどこででも見られる普遍的な現象ではなく、現代日本だけの特有な現象なのかもしれないと僕は考えている。というのも、いくら近代化しているとはいえ、マスクをつける人たちが当たり前のように街…

マスクの社会学①

高校を卒業して2006年3月に東京に出たとき、とても驚いたことがひとつある。それは、毎日のようにお祭りをやっているんじゃないかと思ってしまうくらいの街中に溢れる人の多さでもなければ、見上げるだけで首が痛くなるような超高層ビルの高さでもない。当時…

大学へ行く意義は「立ち止まる自由」を得るため(高校を卒業したのち向かう場所で②)

「大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。」 卒業生にこう問いかけた渡辺校長は、大学へ行く意味を、…

大学で過ごす時間の特殊性(高校を卒業したのち向かう場所で①)

3月1日、ほかの地域同様、僕の地元である宮古でも高校の卒業式がおこなわれた。今年の卒業生がまだ高校に入学したてころ、当時働いていた予備校で何人かの生徒を相手にした経験があるが、そのあと間もなく、僕がその予備校を去ることになったために、それ以…

とある島での教育支援

去年の9月から12月の約3ヶ月間、とあるきっかけで沖縄本島近くに位置する離島に、教育支援を目的として島内の中学生を相手として、週に3日の頻度で滞在していたことがある。僕自身、生まれ育った場所が宮古だから、離島という点では共通性があるものの、同じ…

教育の本質は子どもの「可能性を引き出す」こと(超難関校に合格した芦田愛菜ちゃん②)

「勉強しなさい」なんてあほらしい忠告が、子どもにとってどれほど無意味でどれほど有害か、芦田愛菜ちゃんの成功例を見ると、それが痛いほどよく分かる。本当に子どものためを思うなら勉強を無理強いするのではなくて、興味を持ったもの/持ってくれそうな…

親ができる最大のサポートは子どもの「邪魔をしない」こと(超難関校に合格した芦田愛菜ちゃん①)

前回、子どもの「分からない」の多用は、そのまま親の知的姿勢を反映していると書いた。子どもが勉強しないのは親が勉強しないからだと言えるわけで、子どもに対する「勉強しなさい」という忠告は、まずは自分に向けたほうがいい。社会学者・宮台真司先生の…

「分からない」を多用するいまの子どもたち

教え子たちと普段話をしていて気づいたのだが、こちらが質問をした際の受け答えとして「分からない」を多用する子がかなり多い。このあいだも、質問しても「分からない」「知らない」と言われ、もうそれ以上会話が進まなくなって少し困ってしまった。小学生…

何者でもない自分を「何者」かだと勘違いさせてくれるtwitter

早いものでtwitterをやめてもう5年になる。僕が使い始めたのはtwitterが日本に上陸してまもない2009年の夏ごろだったから、周囲を見渡しても割かし早いほうだったんじゃないかと思う。当時はまだまだ誰にも知られていないようなサービスで、僕の周りで使って…

大人の言うことなんか聞かなくていい

年度始めで何かと忙しいこの時期、高校生には実力テストというのがある。いまお世話になっている塾のほうでも、高校生が夜遅くまでテスト勉強に励んでいたのだが、「いまはどんな問題がテストに出されるのだろう」と気になって、テスト対策用のプリントを見…

感情の劣化に抗うには

「感情を湧き立たせるためには、現実と摩擦を起こすことがどうしても必要で、現実を避けていると、感情は劣化していく。」というフレーズが、宮古に帰ってきて久しぶりに再会した知人と接したときに、ふと頭をよぎった。以下は、これまで本の世界に生きてき…

宮台先生に「感染」したときの衝撃②

それからというもの、僕は、宮台先生のように経験と知識を兼ね備えたカッコいい大人になりたいと常に考えるようになった。まったく足下に及ばないことははっきりと自覚した上で、それでもなお、何とかして追いつきたいという気持ちは、いまでもずっと持ち続…

宮台先生に「感染」したときの衝撃①

前回書いた「感染的模倣」について、最後のほうで、ありがたいことに僕にはこの貴重な体験がこれまでに2回訪れたと書いた。1回でも起こるのがまれなはずのこの体験を2回もすることができたなんて、もうそれだけで強運の持ち主だと言っていいかもしれない。1…

普通の授業なんかよりも

いまの高1が受験生だったころ、当時教えていた塾で、授業の合間合間に勉強とはまったく関係のないような話をすることが時々あった。でも、ただ話をするだけではなくて、新聞記事を切り抜いてそれを題材にしてみたり、実際に小説などを持ってきてそれを紹介し…

また浮き上がるために

どのくらいの期間か忘れたけど、大学2年生のころ、ブログを書いていた時期があって、でもそのあと結局やめてしまったのは、自分の書く文章が下手くそすぎたのと、そしてそれ以上に、外に向けて何かを発信するほど僕の中には中身らしい中身が何も存在していな…